日記

毎日の喜怒哀楽と将来、恋愛。面と向かって言えないこと。

セフレ

下着もメイクも髪型も、

人に言えないような身体のことも、

全然好きでもないMくんの好みに合わせてきたのは、

そうしたら彼が私のことを好きって言ってくれて、抱きしめてくれて、私の知らない世界を見せてくれるからで、

私は彼を全然好きじゃなかったし彼も私のことなんてきっと穴にしか見えてなかったんだろうと思うけど、

人に尽くしてる私が私は好きだったし、その時楽しければいいって本気で思ってた。

 

今もそれで良かったって思ってるし、

もともと綺麗にはいかないだろうなってちゃんと分かってた関係で、恋愛ではなかったから、

Mくんのことが名残惜しいとかそんなんではなくて、そうじゃなくて、ただ、あー私バカだなって思った。なにやってんだろうなって。

 

ほとんどの友達がみんな「もっと自分を大切にしなよ」って言ってくれる。嫌なことを求められたら、断るべきなんだと思うし、それがまともで対等な幸せに向かった恋愛なんだと思う。

求められたことにはしっぽ振って応じてるから、私は安っぽい女に思われて捨てられるんだろうなって全部分かってる。

でも私にとって一番恐ろしいことは、捨てられることなんかよりも、求められなくなることで、嫌なことを断わって「じゃあもういいよ」って言われてしまうことが何よりも怖い。

 

実際Mくんは、私が彼の要求を断ったことで音信不通になった。最低だと思う。友達もみんなそう言うし、私もそう思う。

でもそんなこと言ったら、私だってそれに負けないくらい最低だ。

Mくんが私の知らない世界に連れて行ってくれることが、快感で仕方なかった。私だってMくんのことなんか今後幸せになろうと不幸になろうとどうでも良くて、会えないなら彼になんの価値も見いだせなかった。

 

真っ当に生きてる人にとっては、求められることは当たり前で、その中で自分が手網を持って選択をしていくんだろうけど、

私にとっては、求められることだけで本当に嬉しくて、毎日楽しくて、幸せで、全身全霊を懸けて応えたいと思ってしまう。

私にとってはそれが、何よりも自分に価値を与えてくれる道だ。

 

だから私は恋愛に向いてない。

それは知ってる。この何年かで嫌というほど思い知った。

それでも恋愛せずにいられない。

男の傷は男で癒す!そう思ってる。

 

「正しい恋愛をするにあたってりさに足りないものは自己肯定感だ」って死ぬほど色んな人に言われた。だけど逆だと思う。

私の好きだった人たち、私を好きだった人たち、みんなが私の自己肯定感を削り取っていったんじゃないか。

 

面と向かって「俺はもっと○○な女の子の方が好き」「お前はかまって欲しいだけだろ?」「○○をしてくれないならりさのことなんか好きじゃない」「お前には嫌気がさした」

そんな言葉をぶつけてきたのは、いつも私の一番好きな人だった。

男の人に自己肯定感を削られて、散々まわりに男を見る目がないと言われたとしても、私は私がその人を好きだと思ったその気持ちを、そしてその人自身を絶対に否定したくなかった。

彼らは間違いなく魅力的だし、私は間違いなく大バカなんだと思う。

 

何人かの最低な男性に出会って、「あ、男は女をこんな風にゲスい目で見てるんだ」と思った。

誠実な男性ももちろんいるんだろうけど、性欲が絡むと多くの男性が「アイツはヤれる、ヤれない、ヤりたい、ギリヤれる」とかそんな発想に至ってしまうことも真理だと思う。

 

だから私はそれでもいい。それは仕方ないことだから。

「君はかわいい」「素敵な女性だ」「一緒にいて楽しい」

そんな言葉を投げかけてきた男性たちのゴールは、私とセックスすることでしかなかった。私をその気にさせるための雰囲気作り。

でもそれで私が一瞬でも嬉しくて、幸せと感じてしまったなら、私の負けだ。

 

だから、結果捨てられようと、女友達から白い目で見られようと、男友達から軽い女と思われようと、もう別にどうでもいい。

 

男が簡単に女を弄ぶように、私も本気にしてないから。

一瞬の快楽と、ずっとずっと今も忘れられない大好きだった人の代わりをあなたに求めてるだけだよ。あなたのこと、全然愛してなかったよ。

 

いつか、いつかもしも万が一私を大切にしてくれる人が現れたら、私はこんな思い出を、ビリビリに破いて簡単に捨てられると思う。それが彼らの私に対しての扱い方だったから。

でも、たとえ好きでも恋愛でもない人との別れでも、ほんの少し寂しい気持ちになるんだなあ。